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日常2021.03.23

精霊の日

こんにちは、マーケティング部の松本です。
突然ですが、皆さんは3月18日が何の日かご存知でしょうか?春の彼岸入りの頃、3月18日は「精霊の日」です。精霊というと何処かファンタジックな雰囲気がありますが、実はこれは「せいれい」ではなく「しょうりょう」と読みます。「精霊(しょうりょう)の日」というと、一転、馴染み深い和風な雰囲気が。今回はこの「精霊の日」について簡単にご紹介出来ればと思いますので、お付き合い頂けると幸いです。

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「精霊(しょうりょう)」とは

精霊(しょうりょう)とは、死者の霊魂を指す言葉です。みたま、とも呼ばれます。特に、一年以内に亡くなった人の魂のことを「新精霊(あらじょうろう)」と呼び、かの盆踊りはこの新精霊と共に踊るものだと言われています。ショウリョウトンボ、ショウリョウバッタ、という虫もいますよね。これは、お盆に精霊がこれらの虫に乗ってこの世へと戻ってくる、という伝承から付けられたものです。
お盆の時期によく見られる、茄子やきゅうりに爪楊枝などを刺して馬の形を模ったもの。あれは精霊馬といい、正しく、お盆に精霊を送り迎えするための乗り物として作られているのです。

3月18日

ではなぜ、その精霊の日が3月18日なのでしょうか。
諸説ありますが、実はその由来は、「小野小町」や「和泉式部」、「柿本人麻呂」という偉大なる歌人たちの命日がこの3月18日だと伝えられている事なのだそう。
柿本人麻呂は飛鳥時代の、小野小町と和泉式部は平安時代の歌人です。三人とも、正確な忌日は不明とされていて、3月18日はあくまで一説に過ぎません。しかし、3月18日といえば、丁度春の彼岸入り。現代とは異なり、盛んに和歌が読まれ、仏教思想が発展している時代のこと。死者の霊魂、それこそ「精霊」に対する畏怖は、私達では想像出来ないものであったと考えられます。ただでさえ敬われ、畏れられる精霊、それも偉大なる歌人が3人も亡くなった日だと思われたのなら、その日が精霊の日と呼ばれるようになったのも道理なのかもしれません。
また一説には、元より3月18日前後には死者の魂、精霊を追悼する風習があったのではないかと言われています。現代においても、その時期から春の彼岸入りとして先祖を供養する人が多くなっていますよね。その風習を確たるものにするべく、不詳となっている3名の有名な歌人の命日を3月18日として、後から理由付けとしたのではないか、とも考えられているそうです。

小野小町

小野小町とは、言わずと知れたかの「世界三大美女」の一人に数えられる人物です。平安時代前期、9世紀頃の女流歌人であり、三十六歌仙の一人でもある、偉大な歌人ですね。詳しい系譜は不明ですが、当時の小野小町像とされる絵や彫刻は存在せず、後世に描かれた絵でも後ろ姿が大半を占め、素顔が描かれていない事が多い謎めいた人物でもあります。顔が描かれていない理由として、あまりにも美しいため画家が直視出来なかった、とも言われています。
歌風としては情熱的な恋愛感情が反映されていて、繊麗・哀婉、柔軟艶麗とのこと。古今和歌集の序文において紀貫之も小野小町の作風を絶賛していることから、彼女の和歌がどれだけ素晴らしいものであったか、よく分かりますね。
小野小町を題材とした作品は総称して「小町物」と言われ、「七小町」という能の謡曲など、非常に多くの作品が現代においても生み出され続けています。

和泉式部

和泉式部とは、平安時代中期の歌人であり、女房三十六歌仙にも数えられる偉大な歌人の一人です。
人物像としては、恋愛遍歴が多いと語られていて、非常に情熱的な恋歌が有名です。かの紫式部も恋文や和歌は素晴らしいと紫式部日記において評しており、その才能は同時代の大歌人である藤原公任にも称賛される程であったと言われています。
近世に入ると、かの与謝野晶子が和泉式部を「情熱的な歌人」と高く評価し、それが定着していったとの説もあります。実際には、藤岡作太郎が先に和泉式部を情熱的な歌人として評価しており、また与謝野晶子の評価も「和泉式部の作品には、多情であるばかりではなく純情、愛欲とともに哀愁、そして奔放でありながら寂寥という相反した感情が詠み込まれている」とのものでした。
しかし、与謝野晶子自身が情熱的歌人として捉えられるのと同時に、和泉式部も「情熱的歌人」という印象に結び付けられていきます。そして情熱は「愛欲」、「爛熟した性」、「刹那的な詩人」などといった和泉式部像の、後世による形成に繋がりました。この和泉式部、そして与謝野晶子と「情熱」との結び付きは、両者の人物像に大きな影響を与えていると言われていて、和歌から得る「情熱的」という印象を超えて人物像に至るまで安易に結びつけるのはいかがなものか、という批判もあるようです。

柿本人麻呂

柿本人麻呂とは飛鳥時代の歌人であり、後世では「歌聖」と称えられる程の偉大な歌人です。三十六歌仙の一人でもあります。
柿本人麻呂は万葉集第一の歌人と言われていて、長歌は19首、短歌は75首掲載されています。歌風は格調高くも独創性があり、長歌の完成者とも呼ばれるほどの才覚を持っていたと言われています。
この人物の素晴らしさをよく表しているのが、島根県にある高津柿本神社や兵庫県にある柿本神社などをはじめとする、柿本人麻呂を祀る神社の数々です。和歌の上達などに霊験があるとされていたり、また、人麻呂(ひとまる)から「火止まる」「人産まる」と連想されて、防火や安全の神とされた例もあります。

まとめ

いかがでしたでしょうか。3月18日の「精霊の日」について、簡単にご紹介させていただきました。
仏教的な思想、また当時盛んだった和歌文化から、偉大なる精霊とされた歌人たち。そして精霊たちが帰って来る春の彼岸入り。そこには、今の私達の時代や生活は先祖たち、また偉大なる人物たちが築き上げた全ての恩恵であり、その精霊への感謝を忘れないように、という人々の祈りが見えて来る気がします。
今年はぜひ、精霊馬を作ってみませんか。この世へと帰って来る精霊たちに思いを馳せ、感謝を捧げる。そんな一日も、忙しない現代の日々においては大切なものかと思います。
それでは、今回はここまで。今後もMEプロモーションをよろしくお願いいたします。