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日常2021.12.02

坂道探訪3

こんにちは。制作部の中山です。
都内で一番坂道の多い区。港区の坂道コンプリートを掲げた前回のブログから早3ヶ月。
季節は巡っても、相変わらず目標達成に向けて港区の坂道を駆け巡っております。

最近の坂道巡り

今回も「坂道探訪3」と題し、わたしが駆け巡った坂道を紹介していこうと思いますが、はじめに現在の坂道探訪の近況をご報告できればと思います。

まず最近になって大きく変わったのが、坂道の巡り方です。毎週のように坂道を巡り歩いて感じたことは、まったく達成までの道筋が見えないということです。目標を掲げた時から坂数が多いことは知っていましたが、さすが23区内で一番坂道の多い区…港区…強敵です。

そこではじめたのが、事前に一定のルートを決めてから歩くということです。当たり前といえば当たり前といいますか、制覇を目指していたのに闇雲に巡っていたのかよ…という感じなのですが…なんとなく高低差や標識の位置まで下調べをしてしまうと、楽しみが半減するような気がしていたのです。しかしなにせ敵が強い…。ブログで制覇を報告するまでに数年単位でかかるぞ…と悟った私は、すぐさまプライドとこだわりを近所の川に流してきました。

それからはスプレッドシートで高低差と標識位置をリスト化し管理。さらに坂道のルートを視覚的に決められるようマップを導入しました。マップは道案内としてはGoogle Mapを使用していましたが、ルート決めには適していなかったので、港区が公開している「坂図鑑」というページにあるマップをトレースし、使用させていただいております。
※港区のサイト方針に従い、坂図鑑ページへの直接のリンクはせず、港区のサイトのTOPページへリンクしております。なお今回マップを掲載しようと思ったのですが、公開までに掲載に関する確認がとれなかった為、次回以降確認がとれ次第掲載したいと思います。
なおマップを導入した際に既に巡っている坂に印をつけていったのですが、周辺の坂道は巡っているのに、一箇所だけポツンと残っている坂道が出てきたりしました。ルートを決めずに闇雲に歩き回っていた時の名残です…。1坂の為に再訪しなければいけないとは…なんとも切ない。こういった残した坂は後半に巡っていきたいと思います。

前置きが長くなりましたが、今回もわたしの巡った坂道をご紹介していきたいと思います。ただなにせ数が多いので、いくつかの坂道をピックアップしてご紹介し、残りは表形式で写真と概要のみご紹介できればと思います。なおナンバリングは前回から引き続き5番から開始しています。

5.薬研坂(やげんざか)

薬研坂は地形から由来を想像できる、わたしのオススメの坂道です。
薬研坂は青山通り(国道246号線)の赤坂支所前の交差点から一度下り、中央の窪地から再度上るような地形になっており、実際に歩いてみると坂名の由来になっている薬研をなんとなく想像することができます。
※薬研は、薬材(生薬など)などを碾いて粉末化したり、磨り潰して汁を作ったりするための器具のことです。
坂名の由来は名前がつけられた当時の地名や風景に由来するものが多く、地形で感じられることがあまり無い為、この坂の存在は貴重だと思います。
なお薬研坂と名がつく坂道は埼玉県の狭山市にもあり、由来も同様に薬研に似ていたとありますが、緩やかな400mほどの坂道で、現在は坂名の由来を地形で感じることは難しくなっています。

場所 港区赤坂7丁目と4丁目の間
名称の由来 中央がくぼみ両側の高い形が 薬を砕く薬研に似ているために名づけられた。付近住民の名で何右衛門坂とも呼んだ。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約180m

6.桑原坂(くわばらざか)

桑原坂は、日吉坂上交差点から八芳園の前を通り、桜田方面へ延びる緩やかな坂道です。
道幅はさほど広いわけではないものの、目黒通りと桜田通りの大通りを繋ぐ道なこともありいつも交通量が多く、この日も車が渋滞していました。坂名の由来は名前から察するに桑の木が植えられた原っぱがあったのか?と想像しましたが、標識を見ると旧村の地名が由来のようで、起源についての説は残っていないようです。港区は坂道ごとに坂名と由来を示した標識を建ててくれていますが、個人的に潔い説明文にいつも好感を覚えます。
起源がなくても、地元の人がその坂に名前をつけて呼んでいたものが後世に伝わり、そのまま残っているということ自体が地域に溶け込んでいる証拠だと思うからです。

場所 港区白金台1丁目と3丁目の間
名称の由来 今里村の地名のひとつである。その起源について 特別の説は残っていない。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約150m

7.幽霊坂(ゆうれいざか)- 三田

三田4丁目にある幽霊坂。坂上の入り口は、前回のブログでご紹介した亀塚公園のすぐそばにあります。坂名だけ見ると暗くて物寂しい雰囲気を想像させる幽霊坂ですが、昼間に散策に行くと人通りも多く、幽霊が出そうな雰囲気はまったくありません。むしろ子供たちの声がどこからともなく聞こえてきて、なんとも和やかな空気が漂っています。
こうなるとやはり気になるのは夜の風景。別日の日付が変わる頃に再訪してみました。下の写真は坂上と坂下でアングルは違うものの、昼と夜の幽霊坂です。夜の幽霊坂周辺は街路灯が住宅街をこうこうと照らしているものの、昼間の和やかな雰囲気が嘘のように静まり返っています。大都会の中にまるで自分だけが取り残されたような気持ちになり、幽霊とはまた違った寂しさと不安を覚えました。

場所 港区三田4丁目
名称の由来 坂の両側に寺院が並び ものさびしい坂であるため この名がついたらしいが 有礼坂 の説もある。幽霊坂は東京中に多く7か所ほどもある。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約230m

8.天神坂(てんじんざか)

天神坂は高輪一丁目にある坂道で、桜田通り(国道1号線)の白金台一丁目交差点から南東に入る坂です。この坂の形状は直線で長さも90mと短いのですが、高低差が4mある急坂です。
天神坂を訪れる前に調べたところによると、明治時代の地図では桜田通りの筋には川が流れていたそうです。今の桜田通りからは想像もつきませんが、はるか昔には、このあたりにも沢があり、谷を削りながら地形を形成していったと考えると感慨深いものがあります。
近年の港区の開発は大規模なものが多く、六本木ヒルズに取り込まれ2003年に消滅した「玄磧坂」をはじめ、年々多くの坂道が消滅していっています。
電動自転車で悠々と天神坂を上がっていく学生に追い抜かれながらダッシュで天神坂を上りきってみて、この急坂が10年後も変わらぬ地形のままで存在していてほしいなと思いました。

場所 港区高輪1丁目
名称の由来 むかし坂の南側に菅原道真の祠があったために言う。葭原が見えるので葭見(よしみ)坂・吉見坂ともいったという説もあるが北方の坂か。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約90m

その他の坂

前述したとおり、ここからは表形式で写真と概要のみご紹介できればと思います。

9.饂飩坂(うどんざか)
<場所>
港区六本木6丁目
<名称の由来>
天明年間末(1788)頃まで 松屋伊兵衛という うどん屋があったために,うどん坂と呼ぶようになった。昔の芋洗坂 とまちがうことがある。※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:60m
10.綱の手引坂 (つなのてびきざか)
<場所>
港区三田1丁目と2丁目の間
<名称の由来>
平安時代の勇士 源頼光,四天王の一人 渡辺綱 にまつわる名称でまた姥坂(うばざか)とも呼んだが 馬場坂の説もある。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:310m
11.綱坂 (つなざか)
<場所>
港区三田2丁目
<名称の由来>
羅生門の鬼退治で有名な,平安時代の武士 渡辺綱(わたなべのつな)が付近に生まれたという伝説による。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:150m
12.鳥居坂 (とりいざか)
<場所>
港区六本木5丁目
<名称の由来>
江戸時代のなかばまで,坂の東側に大名鳥井家の屋敷があった。元禄年間(1688~1703)ごろ開かれた道である。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:90m
13.鉄砲坂 (てっぽうざか)
<場所>
港区西麻布3丁目と南麻布5丁目の間
<名称の由来>
江戸時代、坂のがけ下に幕府の鉄砲練習場があったことからこの名がついた。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:60m
14.桂坂 (かつらざか)
<場所>
港区高輪2丁目と3丁目の間
<名称の由来>
むかし蔦葛(つたかずら・桂は当て字)がはびこっていた。かつらをかぶった僧が 品川からの帰途 急死したからともいう。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:240m
15.神明坂 (しんめいざか)
<場所>
港区西麻布3丁目と南麻布5丁目の間
<名称の由来>
天祖神社を 元神明 というところから 神明坂と呼んだ。馬場坂という説もあるが,綱の手引坂との混同があるらしい。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:110m
16.紀伊国坂 (きのくにざか)
<場所>
港区元赤坂2丁目
<名称の由来>
坂の西側に 江戸時代を通じて紀州(和歌山県)徳川家の広大な屋敷があったことから呼ばれた。赤坂の起源とする説がある。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:340m
17.北条坂 (ほうじょうざか)
<場所>
港区西麻布3丁目と南麻布5丁目の間
<名称の由来>
坂下近く南側に大名 北条家の下屋敷があったためにこの名がついた。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:260m
18.魚籃坂 (ぎょらんざか)
<場所>
港区三田4丁目と高輪1丁目の間
<名称の由来>
坂の中腹に魚籃観音を安置した寺があるために名づけられた。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:260m
19.霞坂 (かすみざか)
<場所>
港区西麻布2丁目と3丁目の間
<名称の由来>
明治初年に霞山稲荷(現在の桜田神社)から霞町の町名ができ,そこを貫通する道が明治二十年代に開かれて霞坂と呼んだ。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:250m
20.伊皿子坂 (いさらござか)
<場所>
港区高輪2丁目と三田4丁目の境界
<名称の由来>
明国人 伊皿子(いんべいす) が住んでいたと伝えらえるが,ほかに 大仏(おさらぎ) のなまりとも いさらふ(意味不明)の変化ともいう。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:250m
21.日向坂 (ひゅうがざか)
<場所>
港区三田2丁目と1丁目の間
<名称の由来>
江戸時代前期 南側に 徳山藩毛利日向守の屋敷があった。袖振坂ともいった。由来は不明である。誤って ひなた坂 とも呼んだ。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:130m
22.九郎九坂 (くろぐざか)
<場所>
港区三田2丁目と1丁目の間
<名称の由来>
江戸時代の一ツ木町名主 秋元八郎左衛門の先祖,九郎九 が住んでいて坂名になった。鉄砲練習場があって鉄砲坂ともいう。
※港区が設置した標識より
<坂の概要>
延長:110m

まとめ

最後まで読んでくださりありがとうございます。もともとは運動不足解消の為にはじめた坂道探訪ですが、慣れもあるのかここ最近は歩ける距離がどんどん増えてきました。先日は気がつけば1日に32km(46,000歩)を達成していて驚きました。わたしは昔から運動が苦手で、はじめた当初は1日1万歩でもグッタリしていたのですが、目標を掲げたことで楽しみながら続けることができています。年齢を重ねると時間の制約も多くなり新しいことへのチャレンジに臆病になりますが、そういった意味でも今回の坂道探訪は良いきっかけになったのかなと思います。コンプリートまでの道のりはまだまだ遠いですが、引き続きコツコツと坂道を巡っていきたいと思います。それではまた、次回の坂道探訪4で…!