ブログについて
【使える豆知識】食べ物編
2024.10.17
日常
こんにちは。制作部の高相です。
今回のブログは「話のネタとして使える豆知識〜食べ物編〜」をお届けします。
「どんなことを話したら良いのだろう」と悩むタイミングで、会話のネタやアイスブレイクとして活用いただけますと幸いです。
ラインナップは以下のとおりです。
・和食の代表格「天ぷら」
・令和に再ブームが到来した「大福」
・寒い季節に食べたい「おでん」
・実は健康に良い「ちくわ」
和食の代表格「天ぷら」の豆知識
和食の代表格の天ぷら。そんな天ぷらの語源や歴史を紐解いていきます。
天ぷらの語源
そんな天ぷらの名前を分解してみると、「天+ぷら」と一風変わった名前をしています。個人的には和食のイメージとは裏腹に、洋風な名前をしているなと感じていたのですが…それもそのはず。実は天ぷらは日本発祥ではなくポルトガルから伝わったという説があるのです。その語源はポルトガル語の「テンポーラ=斎日」や「テンペロ=調理・調味料」だと言われています。
天ぷらの歴史
そんな天ぷらが日本に伝わったのは安土桃山時代まで遡ります。ポルトガルから長崎へ訪れた宣教師が「長崎天ぷら」と呼ばれるものを伝え、それが現在の天ぷらの起源になっていると言われています。しかし当時の日本は、油が高級品だったこともあり、広く親しまれる料理ではありませんでした。
天ぷらが広まったきっかけ
江戸時代になると油の生産が増え、江戸(東京)を中心に親しまれるようになった天ぷら。
“串に刺さった天ぷらを屋台で食べる”というスタイルで、ファーストフードとして楽しまれるようになりました。そのため、小腹を満たす“おやつ感覚”で食べられることも多かったそうです。
江戸で大人気だった天ぷらは、関東大震災をきっかけに全国に広まったと言われています。震災の影響で全国に移り住んだ江戸庶民によって伝えられ、日本中で親しまれるようになったのです。
家庭料理でも馴染み深い天ぷらですが、屋台料理として親しまれていた歴史にかなり驚きました。
それでは「天ぷら」の豆知識をまとめます。
・天ぷらの語源はポルトガル語
・和食の代表格だが、ルーツはポルトガルと言われている
・江戸時代にはファーストフードとして楽しまれていた
・天ぷらが全国に広まったのは、関東大震災がきっかけ
令和に再ブームが到来した「大福」
和菓子の定番である「大福」。近年ではフルーツ大福が人気を博し、再ブームが到来しました。「大に福」と書く大福はかなり縁起の良い名前をしていますが、その起源はどこにあるのか見ていきましょう。
大福のルーツ
大福のルーツは「鶉餅(うずらもち)」にあるとされています。
鶉餅は大福と同様に“餡子とお餅のお菓子”で、形が鶉に似ていたため「鶉餅」と呼ばれていました。かなり大きいサイズだったため、満腹になることから「腹太餅」や「大腹餅」と呼ばれていたそうです。そして「大腹」が時代の流れとともに変化していき、縁起の良い漢字の「大福」が使われるようになったと言われています。
昔は火で炙って食べていた
大福といえば柔らかくモチモチとした食感が特徴ですが、昔は火鉢で焼いた「焼き大福」を食べるのが主流だったようです。そのため江戸時代で大福を売っていた屋台には火鉢が備えられていました。焼き大福として売られていた理由については諸説ありますが、一説によると「夜」に販売されていたという風習が関係するようで、寒い夜に温めた大福を食べるのが当時の流行だったようです。
私は過去に一度だけ、大福を温めて食べた経験があるのですが、熱を加えることで「外カリッ中トロッ」という食感になり、予想以上に美味くなります。気になる方はぜひ、「焼き大福」を試してみてください。
それでは「大福」の豆知識もまとめておきます。
・大福のルーツは「鶉餅(うずらもち)」
・鶉餅→大腹餅→大福と変化を遂げた
・昔は「焼き大福」が人気だった
冬の寒さにしみる「おでん」の豆知識
冬といえば、寒さにしみる“暖かい食べ物が恋しくなる季節”ですよね。そこで今回は、冬の定番「おでん」に注目してみました。
おでんのルーツ
おでんは「田楽」に由来して「おでん」と呼ばれるようになったという説があります。
おでんの起源は1,000年以上も前に流行っていた「串に刺して焼いた豆腐料理」の「焼き田楽」がルーツとされています。醤油や出汁で煮た「煮込みおでん」のイメージがあるので、“焼き”田楽とはかなり驚きですよね。
焼き田楽は「田楽」と呼ばれていましたが、女性を中心に「お」を付けた「おでんがく」と呼んでいたそうです。それが一般的になり、更に略されて「おでん」と呼ばれるようになりました。
現在の「煮込みおでん」になったのはいつから?
焼き田楽が、現在のような「煮込みおでん」になったのは、江戸時代後期と言われています。江戸時代後期は醤油の製造が盛んな時代でした。そのため、田楽を醬油で煮込むスタイルの「おでん」が誕生。しかし醤油ベースで煮込んだおでんは味が濃く、関西を中心に「昆布だし」を使った薄い味付けになりました。それが全国に広まるきっかけになったのは、関東大震災です。炊き出しに集まった関西の料理人が、昆布だしのおでんを振舞ったことがきっかけとなったそうです。
今ではコンビニでも購入できる「おでん」ですが、長い歴史の中で変化を遂げてきたことを知ると、なんだか心がポッと温まりました。それでは「おでん」の豆知識もまとめておきます。
・おでんのルーツは「田楽」
・「田楽」→「おでんがく」→「おでん」と変化していった
・現在の「煮込みおでん」になったのは江戸時代後期
・昆布だしのおでんが全国に広まったのは、関東大震災がきっかけ
実は健康に良い「ちくわ」の豆知識
おでんや、ちくわキュウリなどで親しまれている「ちくわ」。実は高たんぱくで低脂肪な上に、ミネラルも含まれており、かなり優秀な食材なのです。そんなちくわの、由来や「かまぼこ」との意外な関係性について、紐解いていきます。
ちくわの由来
ちくわの由来はかなりシンプルです。ちくわを漢字で書くと「竹輪」となりますが、見た目から来ているという説が有力で、切り口が竹の輪に似ていることから「竹輪=ちくわ」となったそうです。
「ちくわ」と「かまぼこ」の意外な関係
実は「かまぼこ」と「ちくわ」は兄弟のような関係性があります。
「かまぼこ」が誕生したのは平安時代だと言われています。当時のかまぼこは、細い棒や竹に魚のすり身を巻いて作られており、今の「ちくわ」の形をしていました。そのため「ちくわの形状のもの=かまぼこ」として楽しまれていましたが、安土桃山時代に入り「板に付けて蒸す」という製法のかまぼこが誕生。この2つのかまぼこを、呼び分けるために、初期のかまぼこが「ちくわ」と呼ばれるようになったそうです。
ちくわを漢字で書くと「竹輪」となるため、竹に巻きつけて作っていたのが由来かなと思っていたのですが…もっとシンプルに、見た目が由来になっておりかなり驚きました(笑)
それでは「ちくわ」の豆知識もまとめておきます。
・ちくわの由来は、切り口が竹の輪に似ているから
・かまぼこの原点はちくわにある
最後に
今回は食べ物にまつわる豆知識をご紹介して参りましたが、いかがでしたでしょか。
完全に余談ですが、今回のブログはラジオからネタをもらいました(笑)
今回はいつものようにネタが思いつかず困っていたのですが、ラジオから「天ぷらの“ぷら”って何?どこから来てるの?」と聞こえてきて、思わず「これだ!」と思い書いてみることにしました。書き始めは「話題を広げられるのかな?」と心配でしたが、意外にも「あれは?これは?」と気になるものが多く、不思議な名前をしている食べ物や、考えもしなかった変化を遂げている食べ物が沢山ありました。由来や歴史を知ることはその食べ物を美味しくする「魔法のスパイス」だと思うので、これを機に好きな食べ物の由来を調べてみてはいかがでしょうか…?
それでは、今回はここまでです!
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!