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日常2021.08.06

坂道探訪2

こんにちは。制作部の中山です。

前回坂道探訪の記事を書きましたが、記事を書いてから数ヶ月経った今も相変わらず坂道を巡っています。運動不足解消を目的にはじめた坂道探訪ですが、最近は坂道目当てにいそいそと出かけ、目的の坂道の前にに辿り着くと、テレビ朝日の「全力坂」のように、全速力でダッシュします。まあ「全速力でダッシュ」というと聞こえはいいですが、もともと運動神経があるわけでもなく、ヘロヘロになりながら坂と格闘するといった感じで、急坂ともなれば翌日のハードな筋肉痛を覚悟した死闘となります。
いい歳をした大人がわざわざ辛い思いをしてなにを…と思いますが、自分でも思わずクスっとしてしまうような、あまり意味の無いことをしてみるのは結構楽しいものです。
以前、同じ部署の瀧来さんが「瀧来の読書『ノルウェイの森』」の記事の冒頭で『大人になるとどうでしょう、若さを段々と溶かし、様々な経験が増え、慣れた結果、感動も減ってしまいました。』と書いていましたが、本当にそのとおりだなあと思います。
大人になると知識や経験がある分、何にでも意味や理由を求めてしまいがちです。そうやって毎日を無難に淡々と過ごしていくわけですが、たまに日常からかけ離れた場所に出かけてみたり、普段しないような行動をしてみると、思いがけない感動だったり、新しい発見に出会えることがあります。
坂道探訪には海外旅行のような派手さはありませんが、普段通らない裏路地を歩いて近道を発見したり、その街の歴史やその地域に暮らす人たちの暮らしぶりに触れることができたり、小さな感動や発見にいくつも出会えます。

最近の坂道巡り

今回も「坂道探訪2」と題し、わたしが駆け巡った坂道を紹介していこうと思いますが、その前に最近の坂道探訪の目標から。目標…ってなんだよ…と書いているわたし自身も思いましたが、適切な表現を見つけることが出来なかった為、このまま筆を進めます。
はじめはやみくもに歩き回っていた坂道探訪ですが、そう容易に坂道に出会えるはずもなく…まずは都内で坂の多い区を調べ、その区の坂をコンプリートすることを目標にしようと思いついきました。
早速、坂道の情報をまとめている坂学会のサイトを開き坂数をチェックします。足立区2坂、荒川区10坂、板橋区67坂……文京区127坂…多いとは思っていましたが、100を超えてくるとは…!?文京区が一番多いのか?と思いながら恐る恐るスクロールをすると、港区130坂!!!あの大都会港区が…港区が…このサイトによると一番坂が多いのです。
一瞬本当にやるのか?と逡巡しましたが、その時わたしの頭の中に「おれは聖帝サウザー!!南斗六星の帝王!!ひ・・・退かぬ!!媚びぬ!!省みぬ!! 帝王に逃走はないのだ―――!!」と北斗の拳のサウザーの名言が…。そうです誰にでも立ち向かわなければならない時があるのです。こうして意地とプライドをかけた中山の闘いが幕を開けました。

ということで、6月某日。田町駅周辺から港区の坂道探訪がスタートしました。駅からほど近いところに坂道密集エリアがあることを事前にリサーチしていたので、田町駅へ降り立ち意気揚々と散策をはじめました。歩きはじめた当初の目的地は潮見坂。しかし迷いに迷い亀塚公園なる公園の入り口に辿り着きました。Google Mapはその亀塚公園の上の道路を指しています。亀塚公園とはのんびりした名前だなあ…と思いましたが、高低差が20.4メートル、136段の階段がある結構ハードな公園で…その階段を登った先に坂道が待っているのです。坂がある=高低差があることは覚悟していましたが、坂下ではなく坂上から向かう道を選んでしまうとは…。

1.聖坂(ひじりざか)

亀塚公園の恐怖の階段を登りきり、まずはじめに辿りついたのが聖坂。傾斜は緩やかで400mもある長い坂道です。辿りつくまでに階段で疲弊し戦意喪失していたわたしは、走ることを早々に諦め歩きはじめました。聖坂周辺には普連土学園(ふれんどがくえん)やクウェート大使館があります。平日は大勢の人が行き交っているのかもしれませんが、わたしが訪れたのは休日だからか、誰の姿も見えずとても静かでした。大都会の真ん中で静かな坂道を下りながら、名称の由来にもある古代中世の通行路に思いを馳せる一時は、なんだか感慨深いものがありました。

場所 三田4丁目14番、4丁目15番の間
名称の由来 古代中世の通行路で、商人を兼ねた高野山の僧(高野聖)が開き、その宿所もあったためという。竹芝の坂と呼んだとする説もある。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約400m

2.潮見坂(しおみざか)

聖坂を下りきり左側に現れるのが、潮見坂の坂下です。小さな坂ですが、平均斜度4.8度の結構な急坂です。以前「山手線の駅名の由来(大崎駅~田町駅編)」という記事の中で、「田町駅から歩いて8分程の場所に「潮見坂」という坂が残っています。この潮見坂、江戸時代には坂上から海辺一帯が見渡せたようで、江戸時代後期に描かれた『江戸名所図会』にも坂上からの海の見える景色が描かれています。」と書いていますが、それがこの坂です。当たり前ですが、今はその名残はなく海は見えません。急坂とはいうものの潮見坂の高低差は5mなので、ここから潮の干満を知れたということは、よほど海が近かったのでしょう。

場所 三田3丁目2番、4丁目14番の間
名称の由来 坂上から芝浦の海辺一帯を見渡し、潮の干満を知ることができたため、この名がつけられた。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約60m

3.蛇坂(へびざか)

潮見坂からほど近いところにある蛇坂。蛇坂は普連土学園と三田中学校の裏手から桜田通りに下りる小道で、平均斜度4.4度の直線の急坂です。狭い坂道を下り大通りに繋がる感じも、下から眺める真っ直な全景も個人的にはとても好きな坂です。そして標識にある名前の由来が「想像されている。」と締めくくられているところに、少しクスッとします。
蛇坂と名のつく坂は都内だけでも数箇所あり、だいたいの名前の由来は「細くクネクネとしている」か「蛇がよく出てくる藪があった」の二択です。この坂の由来も後者ではありますが、みんなが当たり前に蛇坂と呼びながらも由来がふわっとしているところに、この坂がこの地域の生活に当たり前に根付いてきたことを感じさせます。

場所 三田4丁目1番、4丁目2番の間
名称の由来 付近の藪から蛇の出ることがあったためと想像されている。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約65m

4.安全寺坂(あんぜんじざか)

安全寺坂は、桜田通りの慶応義塾大学正門前あたりから普連土学園へ上る細い坂道です。頂上で左に曲がると潮見坂へ。そのまま右に折れて進むと蛇坂に続き、再び桜田通りに出ます。個人的には蛇坂へと続く道のほうが地形を直に感じられるので好きです。というのも安全寺坂の頂上から蛇坂に進む道は、右手の段下に墓地が広がっているのですが、住宅で言えば高さ2階分程が下に落ち込んでいるのです。今は周辺には住宅地が広がっていますが、昔は小高い丘のようなものだったのだろうか?それを切り開いたのだろうか?などと想像すると、なんだかワクワクしてきます。

場所 三田3丁目2番、4丁目1番の間
名称の由来 城の西に、江戸時代のはじめ安全寺があった。誤って安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂などと書かれたことがある。
※港区が設置した標識より
坂の概要 延長:約85m

まとめ

最後まで読んでくださりありがとうございます。
この日は遠回りをしたこともあり、家に帰ってiPhoneのヘルスケアを見ると14,454歩を記録していました。狭いエリアを迷子になりながら歩いていただけなのに、1万歩を超えているとは…。坂道探訪は本当に日頃の運動不足解消にはもってこいです。
今回ご紹介した坂道は、たったの4坂。港区の坂道はまだ126坂残っています。これから暑い季節がやってきますが、健康維持と港区の坂道制覇に向け、マイペースに探訪を続けていきたいと思います。それではまた、次回の坂道探訪3で…!